すでに安定期に入っていた昌美をミニカに乗せ、夫は自分ひとりで来たときに手付金も払ってきたというマンションの下見に連れ出した。インターチェンジが今いる家の近くなので、夫は高速を使った。次のランプが見えたとき、車は早くも出口のほうへカーブした。
国道を走る車の窓から、右方向に神社を抱いた紅葉する丘、左方向に白亜のドームが見え、それに気をとられた昌美は名残惜しそうにしながら、次に赤十字病院、ゴルフセンター……と、目の端で捉えていた。郵便局から先はさすがにベッドタウンの呼び名にふさわしく、新しい家々が並んでいる。マンションも見える。
昌美は思わず微笑した。その微笑した顔のまま、運転する夫のほうに顔をめぐらし、訊いた。
「それで、わたしたちのマンションはずっと遠くに?」
夫の声がうわずる。
「あ、いや。それほどじゃないよ、すぐさ」
川が見え出した。橋を渡ってほどなく、午後の光を浴びてひときわ輝く、シェルピンクと白を効果的に配したマンションが昌美の両眼に飛び込んできた。
「まあ、素敵なマンションね! ずいぶん、お高いことよね?」
と我知らず、気どったような、妙な言葉遣いとなった彼女に夫は戦慄したかのようだった。
夫は、諭すように言う。
「そりゃ高いさ。ここいらでああいうのは、分譲マンションに決まっているだろ。目ん玉が飛び出たら困るから、値段なんて俺は知りたくないね」
昌美は、そうね、と静かな言葉を返し、そのまま分譲マンションの瀟洒な入り口に吸い込まれるように見入った。見入れるくらいに車のスピードが落ちたからで、車はそのまま三十メートルばかり先から右折し、入り込んで、とまってしまった。
はっとして昌美が見ると、剝き出しのコンクリート塀の内側に車はとり込まれていて、白線も引いていないここはどうやら駐車場らしかった。
夫はエンジンを切りかねているらしく、微かな振動が彼女の体に伝わり、エンジン音が聴こえている。だが、車は動きはしないので、いやおうなしに、汚れ、老朽化した四階建てのビルを見ないわけにはいかなかった。
昌美は怯え、ふと諦めた。考えてみれば、シェルピンクと白の、ああいった御殿のようなマンションに自分たちが住めるはずもないのだと思った。それに、ここだって、なかは見かけよりはいいのかもしれなかった。
家賃だって、これまでよりも一万五千円も高いのだが、何しろ、ビルなのだから――。
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