f:id:madame-nn:20120515145143j:plain

Free Images - Pixabay


 クローシュからのぞいている引き締まった顔はまっすぐに昌美のほうに向けられていて、その女性がキャリアで前向きに抱えている赤ん坊がまた、母親とどっこいの手強そうなしかめっ面でこちらを見つめている。

 尤も、赤ん坊のほうは単に光がまぶしいだけなのかもしれなかった。濃い眉、濃い睫毛に小気味よく尖った鼻、傲慢な感じさえ与えるしっかりした顎は母親似だったが、母親がよく日に焼けた肌色をしているのに比べ、赤ん坊はちっとも日に焼けてはいない。

 水色のキャリアの背当てには、雪のように白い天使の羽の飾りがついていた。赤ん坊はグレーに黒い恐竜の柄が洒落た、足元までカバーされたロンパースを着ている。

 一方、女性のほうでも昌美のパッとしない身なりとおとなしそうな顔、やはりパッとしないロンパースを着たベビーカーのなかで眠りこけている赤ん坊……といったものをすばやく捉えた様子だった。

 何かしら勝ち誇ったような色合いが、その猫のもののような輝きを放つ瞳に拡がるのを昌美は見、すっかり驚きながら遠慮がちに会釈をした。

都会的で洗練された外観の女性が、野性味むき出しの露骨な目つきをしたという出来事に昌美は打ちのめされ、田舎者の素朴な驚きを覚えたのだった。

 が、女性の表情は一瞬にして変化を見せ、今度は華やかな、愛想のよい顔つきとなって、昌美に話しかけてくる。

「こんにちは。坊やは気持ちよくおねんねですね。わたし、川野辺皓[こう]子と申します。この子はショウ――晶――。この公園に来たのは今日が初めてなんですけれど、あなたは? あそこで遊んでいるかたたちとはお知り合いでいらっしゃるの?」

 張りのある声で畳みかけるように話しかけられ、昌美はこわごわ答えた。
「わたしも今日たまたま、ここへ来てみただけなんです。久保昌美といいます」

 すると、なーんだというような、人を軽んじるような調子が皓子という女性の表情に浮かんだ。

 昌美はそれを見て見ぬふりをし、
「子供の名はトロヒロ――友裕――です」
と、つけ足した。

 そして、ものやわらかな物腰はそのままに口を閉ざした。早くここを立ち去ろうと思いながら。ところが、事態は思いがけない展開を見せることになるのだった。

 皓子は、昌美が公園で遊んでいる子供たちの親と知り合いではないということに解放感を覚えたらしく、ややだらしなく見えるくらいに唇を開け気味にして微笑した。そうすると、頑丈そうな顎に似合いのしっかりとした見事な歯並びがこぼれた。

「そう、あなたはあの人たちのお仲間とは違うのね。あれを見ると、ちょっとね。あそこで遊んでいる子たちはだいぶ大きいし、お母さんたちもたいそう仲よさそうでしょ。あそこへ入っていくのはまた今度にして、よろしかったら、うちへいらっしゃらない? この公園の近くなんですよ」

 そして、皓子はあのシェルピンクと白を使った分譲マンションの名を告げたのだった。

 昌美はおののき、とっさに皓子の招待に応じるべきか否かを迷うのだったが、
「いいんですか?」
 と問いかけると、顔を赤らめた。